2018年11月05日
オーストラリア現代文学傑作選第6巻 ヘレン・ガーナー『グリーフーある殺人事件裁判の物語』刊行記念会
「『グリーフ』は私たちに何を語りかけるのか―息子3人殺害容疑裁判を報じたノンフィクションをめぐる豪日作家の対話」と題し、またオーストラリア nowプログラムの一環として今回、作者のヘレン・ガーナー氏、直木賞作家で、時代をすくい取って描き出す事に定評のある、中島京子氏を迎え、『グリーフ』の訳者である加藤めぐみ氏がモデレーターをつとめるかたちで、豪日作家の対話が実現しました。

©在日オーストラリア大使館
2012年より毎年一つ、10年をかけてオーストラリアの現代文学の傑作作品を翻訳し、現代企画室が刊行しているシリーズ(豪日交流基金により助成)の第6巻は、シリーズ初のノンフィクション。「クリエイティブノンフィクション」ともいうべきジャンルの物語で、オーストラリアで実際に起きた事件を題材に、ヘレン・ガーナー氏が7年という際月をかけて裁判を傍聴し、決して押し付けず、嘘はつかず、読者をのめり込ませるという作品に仕上げています。

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物語は、2005年9月4日父の日の夕刻、ビクトリア州の田舎町郊外で、別れた妻が親権をもつ息子たちとの面会日、3人の息子を乗せた車が突然道を外れて貯水池に沈み、助かったのは運転していた父親だけだったという場面から始まります。これは悲劇的な事故だったのか、それとも元妻への復讐だったのか?オーストラリア全土で激しい議論を巻きおこした事件の裁判過程をつぶさに追い、「正義」をめぐる尋常ならざる法廷ドラマが、作者との一体感を感じられるピッチで進んでいきます。

©在日オーストラリア大使館
バッシム・ブレージーオーストラリア大使館首席公使の挨拶の後、まず、ガーナー氏が「法へのラブソング」と題して、なぜ裁判・司法に興味を持つようになったのか、30年前に初めて裁判を傍聴した際の衝撃的な経験について語るところから始まりました。とある殺人事件で亡くなった女性がガーナー氏の友人の娘であったことからも、個人的に関心を持った背景がありましたが、最高裁判所に足を踏み入れたのもその時が初めてで、未だかつてないほど、頭も神経もすり減り、傍聴するだけで疲れ果てたと言います。しかし同時に、「法の精神」への目覚めの瞬間となり、どんどん引き込まれていく自分がいたのも事実であったとガーナー氏は語りました。「法の在り方」「法の精神」というものを肌で感じたという感覚は、その30年前に感じた一度だけであると続けました。
©在日オーストラリア大使館
7年間にも及んだ本書の傍聴では、強い忍耐力が要求され、本当に苦しみ抜いて作品を生み出したと語ったガーナー氏ですが、忍耐強く聴くことができれば、理解できないような難しい内容でも、深く、興味を持って、面白く聴こえてくることもあることを学んだと言います。人の苦しみに対して、ドライでクリーンな法。その法の正しさ、構造を理解することが、自分の作品の礎になっていったこと、裁判所に好んで行くのも、その「法」を間近に感じることができるからと締めくくりました。
©在日オーストラリア大使館
ガーナー氏の講演の後、中島氏との対談が始まり、まず中島氏による本書への感想が述べられました。「不幸な事件を面白くとらえていいのか?」という疑問に始まり、本書においては、法だけではとらえきれない人間味溢れる物語が展開されていると評しました。
中島氏の感想を受けてガーナー氏は、本書からは「終わりのない混乱」を彼女自身がいまだに感じていること、中島氏がなかなか結論が見えない(先が見えない)、方向性が定まらないストーリーであると感じてくれたことは、まさに自分が読者に望んだところであったと語りました。
「無知さの維持」を意識しながら、振り返ってまとめて書くということをしたくなかった、常に目の前で起きている瞬間(感覚)を読者に表現したかったと続けるガーナー氏に、中島氏は代表作『小さいおうち』を執筆するにあたって、いかに細かい視点でよく観察するかという、ガーナー氏との共通点を見出していました。

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最後にモデレーターの加藤氏が、両作家の作品が映画化されていることに触れ、映画のクオリティに満足しているかという質問がとび、ガーナー氏と中島氏は共に、映画と原作は違い、小説がそのまま映画になることはありえないとしながらも、自分が描いたものを作ってくれたということは面白いことであると感想を述べました。

©在日オーストラリア大使館
息子3人殺害容疑裁判を報じた、ノンフィクションをめぐる豪日作家の対話は、「小さなものに着目し、観察し、展開していく」という、お互いの共通点をごく自然なかたちで共有し、会場の観客とも様々なエピソードを交えて分かち合う、そんな時間となりました。